backroomsを取り巻く創作にありがちなホラー演出や、怪物、ネット怪談文脈、迷宮といった、リミナルスペースの美学から外れたものを最小限にとどめていたということもあって、リミナルスペースにひたすら浸ることのできた2時間だった。


監督のKane Parsonsは、本作のパンフレットによると、

リミナルな感覚は、子ども時代の些細な出来事を呼び起こすような恐怖に変わっていきます。置き去りにされた過去や、存在しない過去に回帰したいという強い願望を探求することでもあるのです

と話している。ここに、監督が本作で達成したかったリミナルスペースの表現が現れている。映画内でも、主人公クラークが自身の内側に籠るための居心地の良い空間として描かれる。しかし、この居心地の良さは、どこでもあってどこでもない場所であり、本来の場所の記憶が変質、融合、抽象化していった先にある、漠然とした過去への郷愁に由来する。


私にとってのリミナルスペースの魅力は、このような記憶の行き先としての深層空間というよりは、意味が宙づりになったスーパーモダンな空間としての、何をも許容する懐の深さにある。この辺は交換可能空間/交換可能建築で考えていきたい。


同じインターネット的な不安を描いた映画として『回路』があると思う。そのことについても考えていきたい。

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