エンドロールまで黒沢清作品だと知らずに観た。ぽいと思ってはいたけど。以前に『Cloud』『散歩する侵略者』を視聴したので、この3作品で黒沢清のモチーフや雰囲気を掴めた気がする。ロケ地がいちいち良い。 人物のセリフや行動の要領を得ない感じとか、唐突に音が切り替わる感じとかが、どこまでが現実でどこからが幻想なのかを分かりづらくしている。だから必然性に、映画のストーリーは断片的な要素から自分で組み上げてしまう。ホラー映画なので残虐で悲壮なことが起こるはずだが、直接は描かれない。自分で組み上げたストーリーが、その残虐で悲壮なことを想像させるだけ。「怖い」とは、想像することと密接にかかわっている。 最初の方、高部の妻が通う精神科の部屋や警察の部屋が、まんべんなく明るくて安っぽい感じがしたが、以降電灯や洗濯機や踏切のインサートが入ったり、機械的で耳障りな音がしたり、間宮が照明を嫌ったりしていることから、近代技術で覆われた現代都市への批判的なまなざしを示していることがわかった。自分たちを覆っているものの外部に、間宮などの伝道師は誘い出していくのかな。