近代的な文化では、

「社会 → 価値観 → 様式 → 個々の作品」

というように、表面の文化が下部の社会構造とある程度結びついている、と考えることができた。

しかしインターネットではむしろ、

「TCP/IP・HTTP・ブラウザ・SNS・CDN・データセンター……」\ という非常に安定した技術的基盤の上に、

Vaporwave\ → Weirdcore\ → Dreamcore\ → Liminal Space(リミナルスペース)\ → Frutiger Aero\ → Y2K\ → Corecore……

のような意味体系が次々と立ち上がっては消えていく。

しかも、これらは互いに引用し、混合し、分解できます。

これは東浩紀的に言えば、(データベース消費)

「強固なデータベース+交換可能な表層」

という構造として考えられます。

さらに興味深いのは、Liminal Spaceがまさにその「下部構造」を被写体にしていることです。ショッピングモール、ホテル、学校、空港、オフィス、地下通路、駐車場というのは、個人的意味よりも先に存在する、標準化された近代社会のインフラ的空間です。

そこから人間、広告、商品、活動などの「意味」を除去すると、

「構造だけが残る」。

だからLiminal Spaceは、

交換可能な意味が剥がれ落ちたあとに、交換不可能なインフラだけが露出した風景

とも読めます。

これはかなりあなたの最初の問題意識と噛み合っています。単なるノスタルジー論よりも、こちらの方向で考えた方が面白いです。

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