社会の下部にあるインフラは強固なのに、その上で流行する文化や意味は無限に交換可能で、どれも決定的ではない。これはインターネット美学、特にリミナルスペースを作り出す構造と密接にかかわるのではないか。→インターネットの交換可能性美学

以下はChatGPTより

『プロトコル――脱中心化以後のコントロールはいかに作動するのか』はインターネットは自由で無秩序な空間に見えるけれど、実際にはTCP/IP、DNS、HTMLなどのプロトコルによって非常に厳密に成立している、と論じます。つまり「上では何でもあり、下では非常に硬い」という構造です。

これはかなり重要で、現代社会を

内容は自由だが、形式は自由ではない

と考えるための本です。

たとえばXでは、右翼も左翼も猫動画も広告も個人的な日記も、全部同じ投稿形式、同じタイムライン、同じアルゴリズム、同じAPI的構造の上に載っています。内容同士は激しく対立していても、その対立自体がプラットフォームにとっては単なる「データ」として同型化される。この感じを理論的に考えるなら、かなり近い。

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